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「第2回:ノーと言える商売人、盛田昭夫」
※ 本記事は、2025年3月31日時点で書かれた内容となっています。
ソニーの両輪は井深大さんと盛田昭夫さんです。盛田さんは、根っからの技術の人である井深さんを商売の面から支えた人であり、ソニーの顔ともいうべき存在でした。ご存知の方も多いでしょう。
井深さんは本田宗一郎さんと似たタイプで、商品開発や技術開発になると他のことには一切目が行かなくなる人でした。それまでテープレコーダーをやっていたのに、トランジスタラジオの開発がはじまると、テープレコーダーには全く関心がなくなってしまう。「予算」という言葉が大嫌いで、新しいテーマに没頭するとカネのことは一切考えない。井深さんはそういう典型的な技術者で、後に「盛田がいなければソニーは5、6回倒産していた」と回想しています。盛田さんは井深さんのそういう性質を良く理解していました。どうやったら井深さんのいいところを引き出すことができるか、そしてそれを会社の業績につなげることができるかを常に考えていました。
ここでひとつ、当時の盛田さんの人となりを想像させるエピソードを紹介します。僕の中学時代の友達に木原くんという人がいて、彼のお父さんは木原信敏さんというソニーの研究者でした。VTRの「ベータマックス」や電子スチルカメラ「マビカ」など、ソニーの初期の商品開発を支えた天才肌のエンジニアでした。ソニーが「ソニー木原研究所」を作ったほどの方です。
中学生の僕は、木原くんの家に時々遊びに行っていまして、ある時お父さまの木原信敏さんが家にいらっしゃいました。信敏さんは僕たち中学生を相手にお話をされたのですが、その内容が「盛田さんという人が開発の邪魔をしてきてね……」というものでした。中学生の息子の同級生にまで話したくなるほど、盛田さんはソニーの技術者には煙たがられていたのかもしれません。好奇心のままに無尽蔵に研究開発にお金を使ってしまう技術陣を、盛田さんが憎まれ役としてなんとかコントロールしていたことが伺える話です。
盛田さんは天才的な商売勘で世界を相手にしてきた経営者です。決断力が抜群でした。トランジスタラジオを製品化した時、盛田さんは最大の市場であるアメリカに売り込みに出かけます。その時訪問したある時計メーカーが、いきなり10万台購入したいと言ってきます。ただし購入したトランジスタラジオは、自分たちの商標で売りたい。つまりOEMが契約の条件でした。
「10万台のオーダーの提案を受けた」という盛田さんからのテレックスを見て、井深さんたち日本にいる社員は、その数に驚き、喜び、大騒ぎとなります。そんなところに、次のテレックスが届きます。そこには、「断った」と書かれていました。「盛田は正気か?」と、一同愕然です。「向こうが自社の商標にこだわるので断った」――あくまでも自社ブランドで世界に出ていくというのが盛田さんの意志でした。
結果、ソニーのトランジスタラジオ「TR-63」はアメリカで爆発的に売れ、ソニーはトランジスタラジオのトップブランドの地位を確立し、世界のソニーへと踏み出します。こんな重大な意思決定を、異国の地で、一人で、瞬時に行う、それが盛田昭夫という人の天才的な商売勘だと思います。
とにかく意思決定が速い。1968年にソニーはアメリカのCBSと組んでCBS・ソニーレコードというレコード会社を設立します。(現ソニーミュージックレコーズ)もともとCBSは、日本コロムビアと一緒にジョイントベンチャーを展開していました。ところがあまりに意思決定が遅く、誰が決断しているのか責任の所在も分からない――CBSは日本コロムビアに見切りをつけてソニーに接近します。CBSサイドが驚いたのは、最初にかけた電話にいきなり盛田さんが出たこと。「お互い時間がないだろうから、今日昼ご飯を一緒に食べましょう」と言われて、その会食の30分でもう合弁事業が決まったそうです。
そんな盛田さんが、1965年に雑誌に発表した論文があります。タイトルは「会社は遊園地ではない」。当時の日本の会社のあり方を非常に厳しく批判している内容です。会社は営利追求の団体で、お金を稼ぐところである。しかし当時の風潮は、楽しい職場というものにスポットが当たっていて、仕事の楽しさと遊びの楽しさを混同している。会社が営利事業団体ではなく、社会保障団体のようになっているのは退廃だと盛田さんは言っています。そこから「学歴無用論」というものが出てくるわけですが、それはまた次回。
第3回は、6月16日公開予定です。

楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
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Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
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寄稿
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
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